水脈なのか、血なのか

昨日の教室は少人数でいろいろと楽しい、時には真剣な絵描きさんのような話が出ます。

絵を描いている時間は私が一番長いかもしれないけど、なんだか絵描き仲間と絵を描いているような時間です。

昨日は私が師匠からいただいた画集を持っていきました。

 

木村辰彦という人の画集です。専らモチーフ係なのでプラスアルファは重いのだけど、これからも他の教室にも考えて、気になる画集を持っていこう。。。

木村辰彦さんは大正生まれの一水会の先生。故人です。

好きですね。

絵のような人だったのだろうと思います。海外に勉強に行っているような画家ですが、苦労人で絵を担いで玄関を出て、「さて、今日は右に曲がるか、左に曲がるか。。」と売りに歩いていたそうです。

絵だけで子供も育てて、すごい。夕ご飯をうどんにするか、パンにするか迷って50円握りしめて買い物に行った。。。とか。

そういう絵描きさんと自分では根本的に覚悟が違うような気がします。。。そんな話まで教室でしましたよ。 昔の人はハングリーだった。必死だから良い絵も生まれやすい。

昔の人でも、海外に行ったら最高の景色がそこから描けるようなところに滞在していた梅原龍三郎とか、父親に「絵で得たお金は米や塩に換えてはならない、面倒を見てやるから」と言われた石井柏亭のように豊かな人もたくさんいて、そういう人もまた素晴らしい絵を残している。

 

私などはどっちつかずなのでよほどの覚悟がないと残るような絵は描けない。

さて、何とするか、、

 

ここのところ、自分の絵の方向についてよく考えます。

好きな画家は同じ水脈の安井曽太郎や中村琢二、それにお師匠の吉崎道治先生は大好き。他にもいっぱいいて、モランディ、マネ、ドガ、セザンヌ、マティス、ルドン、モディリアーニ、ドスタール、カトラン…日本画でも小倉遊亀、土牛、抱一、日本の洋画も龍三郎、、、鈴木信太郎、そうそう、深沢紅子…もっともっとたくさんいます。

 

写真家も書家も音楽家もかっこいいなと思う人がいます。現代は情報もたくさん流れていて振り回されているのかも。。自分のルーツを探るには良いけど良い仕事をするためにこの環境はどうなんだろう?そんなことを言っても仕方ない。

 

blogという場所も現代でないとない環境。見てくださっている方とうっすら繋がっていて励みになる。それはありがたい。

 

 

私はいったいどこに行くのかしら…

 

今日はちょっとカトランみたいな色のきれいな、鈴木慎太郎のような明るい楽しい絵が描けたらな。。と頭の片隅に置いてバラを描き始めました。

昨日お花屋さんで見つけた黄色のきれいなバラ。このタイプはなかなか岡山では売ってない。珍しいです。この花を見た時、明るくて楽しい絵が描きたいと思ったので買いました。こんなことも一昔前では難しいことだわ。。。

 

どう描くか、ちょっと大きく動いてみないとわからないな。。。

描いてみたい、試してみたいこと、まだ未だにこれと定まらないし、生涯かけてのことだろうけど、それにしたって何かもう、つかんでないとなあ。。。と思う今日この頃。

 

木村辰彦さんは言ってます。

これには安心した。

 

「絵を描くことについて重要なのは、絵という仕事が連続的に充実していること、つまり絵の中に経験の堆積があって、日常深く考えることとも関係しあって本当の個性になる。マチエールとは技術の問題ではなく、個性の具現である。どう塗ってあろうとそんなことは問題ではない。画家は画面に知性を求めてはならない。それは技巧になるだけだから。」

 

難しいことはわからないけど、うまく描こうとしないこと。もちろん技術や見る目は必要ですが・・・

制作の質と内容が問題なのだな。。。技巧になったらダメ。

自分が時々陥ってしまう説明になった絵は本当に嫌い。

自分がやってて楽しくないと意味のないこと…楽しもう!!そしたら自然に自分の絵ができる!あとはたくさん描くこと…

何が好きで嫌いなのかはだんだんわかるようになってきました。

 

それにしても、私はいいお師匠さんに恵まれてます。一水会にもいつの間にか所属して長くなった。

水脈に引き寄せられてここにいるのか。それとも血のようなものなのかわからないけど、立っている位置はここでよかったと思います。そんなことを思えた今日はいい日のような気がします。

 

どれだけやれるかわからないけど、言葉にならず、絵でしか表すことができないものを描こうと思います。

生きている時代や環境を変えるのは難しい、私が生きているこの時代で、自分にしか描けない絵を描けたらよいのですよねー。。。それが正直。

 

長くなりました。

 

さてさて、倉敷の教室も7月2日から始まることになりました。不透明水彩では毎回1点の絵が描けます。油彩だと、そういうわけにはいきません。まず、水彩で楽しむ。これは自分の絵を探す近道だと思います。

少し西に足を延ばします。倉敷でも絵が好きな方と一緒に、自分の絵を見つけてみたいと思います。今3人。楽しい教室にします。楽しく絵を描きたい仲間倉敷にも7,8人集まるとうれしいですね。

 

 

 

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コメント: 2
  • #1

    龍 陽子 (土曜日, 11 6月 2022 10:58)

    おはようございます。
    先生の思い、考え、ああ私も10年若ければ倉敷に通えたかしらん、と思いました。

    公民館に通う20年の間に3人の先生にも通っていただき、現在は3代目の青年講師です。
    趣味で始めた油絵でした、初代(私にとって)先生はまるで画学生に教えるように、
    講義もありで、絵を描けば幼稚園児よりも
    下手だと、落ち込むことも。
    10年教えていただきました。
    2代目の先生は教室をお持ちですが、ボランティア精神で通っていただき、先生が違えば自分の絵が違ってくることもわかりました。5年無理を承知で、通っていただきました。
    そして、青年講師の5年目です、独自の世界観で表現する絵画、こちらの脳内に刺激を与えてくれます。

    山本先生の絵に惹かれた頃でしたから、絵も山本先生の絵に近い感じになっていたのかもしれません(恐れ多いことです)

    昨日、いま描いている絵の参考にゲルハルト・リヒターの作品を見るように勧めていただき、ネットで花瓶に花の絵を見つけました。
    東京まで行けませんので。
    他の作品は難しくて、わかりません。

    でも今は楽しいです。
    取り止めのない文で、すみません。
    何が言いたかったのかな?と。

  • #2

    山本佳子 (土曜日, 11 6月 2022 19:19)

    龍 陽子さま

    コメントありがとうございます。
    油彩をされているのですね。
    油彩は本当に奥が深く、面白い画材です。
    しかし油彩はお家で描くのが1番です。
    荷物が重いし、片付けも。。
    だから、来ていただける先生がいらっしゃるのは素晴らしいことですね。

    私も、、ど素人からと思うようなことが度々あります。
    数を打て!ということかなー。。たまに本当に奇跡のように好きな絵ができるので、それを楽しみにしているようなところです。

    不透明水彩は油彩と描き方が同じだからぜひ、描いてみて下さい。私の教室にも油彩の方がたくさん来られてます。不透明水彩をお勧めするのはとにかく、扱いが楽で、毎回1点ほぼ仕上がるということが魅力だからなんです。

    ゲルハルト リヒター…興味深いですね。。素敵!

    龍さまが、きっとこれからも絵を楽しんでくださいますように!
    コメント、嬉しかったです!