100号が出ていきました。

カクッとこんな風に打ち倒れて眠ってみたいなあ…。

そんな憧れのうたた寝をする娘。

 

夜は無論、昼寝中でも少々のことでは起きません。絵描きの良いモデルとなります。

 

今日は午後に一水会の絵がトラックに乗せてもらって出ていきました。果たして良いのか…。娘の寝顔を描いて紛らわす。

今できるものをできるだけ迷わないで描いたつもりですが…。

ただ、ここで完成ではなくステップとして(方向として)間違っていないと思いたいところです。間違っていても描いたことをこれから進む方向にはぜひ必要なものであったと思いたい。

悩むところはとてもたくさん。

日々描きたいものは次から次へあらわれて私を通り過ぎていきます。一つひとつに心を止めて描いていきたい。追いつきませんが必ず描きとめておきたいものがたくさんです。

 

9月は一水会本展があります。どうかな…。できたつもりだけかもしれないと不安になったりします。できた…そんなはずはないんです。

 

本当は、黙っていたいくらいです。次の100号はもっと厳しく!!!

 

・・・バラの香りのお風呂に入ろうっと。

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コメント: 2
  • #1

    由三蔵 (日曜日, 31 8月 2014)

    こんばんは~。

    デッサン、素描、スケッチ、ドローイング、呼び名はどうあれ、創造の原点の魅力を感じる表現だと思っています。
    ロダンはそれを「触手的感情」と呼んでいたようですし、老いたセザンヌが若い画学生と出会って、わたしもが学生です、と自己紹介した逸話が残っていますが、胸を打ちます。
    うたた寝をする娘さんのスケッチ、淡くピンク色がはかれているようですが?なんだか微かな寝息が聞こえてくるようで素敵ですね。
    日々描きたいものは次から次へとあらわれて私を通り過ぎていきます。・・・・・・って(違うかもしれませんが)今の自分にも共通したものを感じました。

    芸術は競争では無いでしょうけど、なんか勝ってほしいですね^^)

  • #2

    山本佳子 (日曜日, 31 8月 2014 21:02)

    由三蔵さま

    こんばんは!
    とてもうれしいコメントいただき、ありがとうございます。
    セザンヌがそういったのは知りませんでした。私も生涯そうでありたいと思います。
    同じように有名な画家が午前中は美術館でデッサン(模写)が日課という話もどこかで読んだ記憶が…。

    絵を描いて、競って、発表の機会を得るというのは毎年のように経験していることですが、自分のことと別の外のことのような気もします。
    もっと、1対1のような…見てくださる方が「この絵はなんかいいなあ…」と思って下さったら私にとってはそれが一等賞です。

    そんな方が増えていき、そういう意味で一等賞になれたら幸せです。感動を描いてそれが伝わるということです。

    娘には確かにピンクを感じますが、三菱のハイユニBの鉛筆1本で描いたもの。ピンクを感じていただけたら嬉しいです。
    元気になるコメントいただき本当にありがとうございます。