明度のこと

昨日は更新お休みしました。

少々寝不足でしたので早く休んでしまいました。

昨日は午前中、地元の教室。朝、自分が気になったことを教室でひとりごと。

 

それは色と明度の扱いについて。

うんと昔の有名な巨匠の絵は明度について多少の融通をきかせてはいるもののほとんどが忠実…というか変更を加えることが少ない。

 

もう少し時代が進んで明度を捉えるのは一部、写真に任せたのでしょうか。明度の順番や幅を変えてしまう絵が出てきます。

現代に至ってはそれらが混在。

 

さて、そこで自分はどうなのか。(以下続く)

明度の順番や幅を変えない絵は光で描いている・・・

明度の順番や幅が狂っている(変えている)絵は色で描いている・・・

 

例えば、小磯良平、中村清治の画集があったので持って行って説明しました。・・・ほぼ光で描いているようです。もちろん、光を色で描いているのですが。

一方、安野光雅さんの絵は明度の順番をそっと変えています。

 

私たちはどうなのかな?という迷いをつぶやいたのでした。

基礎を勉強するとき、したい時は明度が見えた方がいいので、そこは外せません。だから教室では狂っていると言うことがあります。

故意にそうしたい場合はそちらが正しいから気にしないでくださいね~と付け加えました。

 

結局、趣味からその延長の何処かまでは自分にとって興味深い絵ができたら、何だっていいということになるのですが。

 

自分の様式を確立するのがひとつ絵描き人生でしょうけれど、もしかしたらそうでない方へふらりふらりと流れてしまうのかもしれません。

ピカソのようにやりたい放題やって、それが様式として認められるのってすごいことですね。

 

さて、今日は昼からミカンの会です。